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VGP2024受賞:パナソニック 奥田忠義氏

【インタビュー】“復活”10年目のテクニクス、レコードプレーヤーの新たなステージでさらなる可能性を拓く

公開日 2024/03/12 09:58 PHILEWEBビジネス 徳田ゆかり
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VGP2024
受賞インタビュー:パナソニック


パナソニックが展開するハイファイオーディオのブランド、テクニクスが2014年に“復活”を遂げて10年。画期的な新開発モーター制御技術を搭載したレコードプレーヤー「SL-1200GR2」が、VGP2024 ピュアオーディオ部会で批評家大賞を受賞した。同アワードの審査委員長である大橋伸太郎氏がインタビュアーとなり、オーディオ市場に強い影響力をもたらすテクニクス展開における、その進化の秘訣を解き明かす。

左から、上松泰直氏、小川理子氏、奥田忠義氏、大橋伸太郎氏

パナソニック株式会社
テクニクスブランド事業推進室 室長 小川理子
テクニクスブランド事業推進室 商品開発部 CTO 奥田忠義
テクニクスブランド事業推進室 国内マーケティング課 課長 上松泰直


インタビュー:大橋伸太郎氏(評論家・VGPアワード審査委員長)

■第四世代ターンテーブル に大きな進化をもたらしたΔΣ-Drive
この“デジタル技術”がなぜ、アナログプレーヤーに導入されたのか



VGP2024 ピュアオーディオ部会で批評家大賞を受賞した、テクニクスのレコードプレーヤー「SL-1200GR2」

大橋 テクニクスのレコードプレーヤー「SL-1200GR2」における、VGP2024 ピュアオーディオ部門の批評家大賞のご受賞、まことにおめでとうございます。モーター制御技術としてΔΣ変換の技術が用いられました。ΔΣ変換は、2000年頃に他メーカーさんによって高速1ビットDSDの生成等に用いられた実績がありますね。ただ一般的にはアナログプレーヤーとはなかなか結びつかないものである印象があり、それが実現されたことに大きな話題性を感じます。SL-1200GR2にΔΣ変換の技術がドライブに採用されるに至った経緯をお聞かせください。

奥田 このたびは大変栄誉ある賞を受賞致しまして、まことにありがとうございます。テクニクスブランドが復活して今年は10年目となりますが、その節目に大きな賞をいただけたことで、心強く励みとなります。


今回ΔΣ変換の技術の採用に至った経緯を振り返りますと、これまでの技術の積み重ねがありました。テクニクスが復活致しましたのが2014年、当初はアナログプレーヤーを一からつくるところからのスタートで、並々ならない苦労がありました。まずは形を作らなければならなかったので、筐体やトーンアームを設計するメカニカルのエンジニア、そしてモーターを中心に制御アルゴリズム全体をまとめ上げるモーターサーボのエンジニアが大いに活躍し、彼らの尽力があってアナログプレーヤーが復活したという経緯があります。

今回のSL-1200GR2では、一旦出来上がったものをよりよくしていくというアプローチです。全体をマクロに見てまとめ上げるところから、今回はより細かなところがミクロに見られるようになったのです。そういうところで信号処理や電気回路のエンジニアが活躍してくれたというのも、今回の進化が成功したポイントかと思います。

私自身も、今はCTOの立場ですが、それ以前は信号処理に関わるエンジニアでした。テクニクスのフルデジタルアンプのコアであるJENOエンジンや、理想的なインパルス応答でスピーカーを駆動するLAPCというアンプの補正技術、またデジタル領域で独自の処理を行うフォノイコライザーなどを手がけてきました。そして全体を見る立場になった時に、これまで培った技術がターンテーブルの回転に生かせるのではないかと考えました。

ターンテーブルは、弊社のデジタルアンプがスピーカーを駆動するしくみと似ています。同じPWM方式を使っていますし。そうであれば、これまでアンプを高音質化してきた手法が、ターンテーブルにも活かせるのではないかとひらめきました。そこで、ΔΣ変換を入れてみてはどうかという考えに至ったわけです。

大橋 テクニクス復活以降、デジタルアンプやSACDプレーヤーまで作ってこられました。そんな中でPWMにΔΣ変換を使ったのは初めてではないでしょうか。


奥田 JENOエンジンも同様ですが、ΔΣ変換とPWM変換は、実は両方とも使うものです。ΔΣ変換の特徴は、例えば32ビットの信号を1ビットのような低ビットで表現するときに、その演算精度を維持する技術です。PWMはここでいうと10ビットくらいの精度ですが、10ビットでありながら、32ビットの信号精度を維持するために用いるのがΔΣ変換なのですね。つまりΔΣ変換とPWM変換の技術を、うまく組み合わせながら精度を上げているのです。

■開発段階でもたらされた音の表現力に、耳を疑うほどの驚き
アナログプレーヤー技術には、“宝の山”がまだ眠っている



大橋 ΔΣ-Driveの導入でモーターの駆動信号の精度を高めて、低歪な駆動信号が得られることになりました。その結果、微小な回転ムラや微振動を抑えることに成功していますね。プラッターに伝わる微振動と微細な面ぶれを抑えた結果として、SL-1200GR2の再生音では音像定位のにじみや曇りが消えて、空間表現に大きな進化を感じた思いがあります。この成果は、当初から想定されていたのでしょうか。

奥田 まず発想のひらめきがありましたが、当初はそれがどういう効果をもたらすか、あまりわかっていませんでした。そこでまずは机上で理論を詰め、プロトタイプを作ってみたのです。音を聴いてみたところ、あまりにも変化が大きくて非常にびっくりしたんです。正直言いまして、何かを間違えたのではないかと思うくらいでした。それで井谷(編集注:井谷哲也氏。前 CTO としてテクニクス復活に多大な役割を果たした)に頼みまして一緒に聴きますと、やはりすごく違うとあらためて実感したのです。

そしてこの変化はなぜ起こるのか。その要因を探っていきますと、それは回転精度ではなく、プラッター面の上下方向の微振動ではないかと。カートリッジの動きを考えると理にかなうと思い至りました。そういうわけで、結論ありきで技術を作ったというよりも、まずやってみて、音に大きな進化が見られて、その要因を解析して結果にたどりついたということなのです。

大橋 テクニクスの製品群は、最高クラスである「Reference Class」、優れた音質と快適なリスニングを提供する「Grand Class」、さまざまなメディアを現代的なサウンドで楽しめる「Premium Class」のカテゴリーで展開されています。SL-1200GR2は Grand Class に位置付けられていますが、これだけ効果があると最上級の Reference Class の製品にもΔΣ-Driveが投入されるのが楽しみですね。

奥田 私たちも今回、アナログプレーヤーを進化させていく過程での技術のポイントとして、金脈を見つけることができたと自負しています。効果も非常に大きい。アナログプレーヤーは今回のSL-1200GR2から第四世代としてひとつの区切りを経ましたから、ΔΣ-Driveの技術は今後発売するテクニクスのモデルにも導入されることになるでしょう。

大橋 SL-1200GR2はDD方式を採用していますが、DD方式は以前、コギングの問題がよく指摘されていました。昨今はコアレスモーターの進歩でほぼなくなっていますが、モーターを低速で動かすために電圧の変動などで回転速度が影響を受けやすく、それがワウフラッターなどで音質に反映される、という課題が残されていました。しかしSL-1200GR2では、それもΔΣ-Driveの導入によって大きく進展したのではないでしょうか。

奥田 上位モデルのSL-1200Gでも、エントリーモデルのSL-1500Cでも、ワウフラッターは0.025%というレベルを保っていますが、それでもそれぞれを比べると音質的差異があります。その要因は私たちもわかっておらず、おそらく微振動が残っているのだろうということで、物量で解決できるところもある一方、そうでないところもあるのではないかと。ワウフラッターを測ってもわからなかったのですが、今回のことでようやく判明しました。

大橋 これからのことも伺って参ります。DD方式の利点に、第一に回転数の厳密なコントロールができる、またシンプルでコンパクトなシステムもつくれると言えます。それが象徴的に活かされたのが、1979年の「SL-10」(ジャケットサイズ)という画期的な製品です。ああいった製品をはじめ、今後DDの特徴を活かした製品の可能性はいかがでしょうか。

奥田 可能性はまだまだあると思います。SL-10のリバイバルができるかというと、ここでは申し上げることはできませんが、アナログプレーヤーの技術にはまだまだ進化のポイントが多く、宝の山だと思っています。

1982年にCDが発売され、世の中がアナログレコードからCDに移行していき、その時に多くのメーカーでは技術開発の中心をCDにシフトしたので、アナログプレーヤーの技術はロストテクノロジーとして置いていかれたところはあるかと思います。そこをもう一度掘り返してみると、当時はできなかったアイデアを、今のデジタル信号処理などでできるようになることがたくさんあるのではないかと。

そのひとつがΔΣ-Driveで、当時はおそらくこういうことはできなかったと思います。そういうものをもっと拾っていくと、ダイレクトドライブ方式は、音質的な可能性がまだまだあると私は思います。そこを今後、より掘り起こしてやっていきたいと思います。

■音楽好きな多くのお客様を引き寄せる新たな取り組み
「テクニクスカフェ京都」で推進する体感の場づくり



大橋 小川さんはテクニクスの推進に携わっておられるとともに、ミュージシャンとしても活動されておられます。ご自身のレコードをSL-1200GR2で再生されて、いかがでしたか。

小川 演奏者、つまり私自身がそこでピアノを弾いているようでした。ピアノの実在感がまるきり違って聴こえた、というのが最初の印象です。フィルターが1枚なくなったような、くっきりとした実在感があり、空気感も含めて生々しさが感じられました。私自身がスタジオで生のピアノを弾いた、あの印象がそのまま伝わってきたという感じで、本当にびっくりしました。


大橋 ご自身で歌っておられますが、ヴォーカルの再生はいかがでしたか。

小川 これは本当に、下手なヴォーカルでは無理だなという感じですね。すべて細かいところまで、電子顕微鏡で結晶を見るように、音の結晶を見るくらいに感じられる技術だと思います。

大橋 テクニクスブランドとしての今後の取り組みはどうなりますでしょうか。

上松 オーディオファンの方に向けては、オーディオ専門店様などの有力店様と一緒に試聴会や展示会をしっかりとやって参ります。そして新しいお客様へのアプローチとしては、昨年12月にオープンしました「テクニクスカフェ京都」の展開に注力して参ります。テクニクスでは、10年前から大阪と東京に試聴室を構えて予約制でオーディオを体感していただく場をお作りし、8年間で延べ約10万人の方々にご来場いただきました。これをもっと気軽でカジュアルなくつろぎ空間としたのが、テクニクスカフェ京都です。


ここでは、特に若い方に向けたアプローチを強化しております。オープンして2ヶ月、私どもの期待どおりに若い方や女性の方のご来場も増え、また土地柄もあり外国人の方々の来店が多いのも特徴です。ここでテクニクスブランドをしっかりと発信していきながら、肌で音を感じていただく機会を増やしていきたい。次世代のオーディオファンをつくるということをしっかりやっていきたいと思います。

テクニクスのもうひとつの顔として、DJの展開がありますが、テクニクスカフェ京都ではDJイベントなども週末を中心に開催しています。これも大変ご好評をいただいていて、おかげさまで満員の状態で賑わっています。また、音楽プロデューサーや地元のレコードショップの方をゲストにお呼びしたオーディオライブなども好評です。若い方々が交流する基地としていくことで、テクニクスブランドのファンを増やしていき、オーディオに触れていただくタッチポイントともしていきたいですね。

大橋 今後の展開にも大いに期待しております。ありがとうございました。

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