[連載]高橋敦のオーディオ絶対領域【第269回】
ASMR=ダミヘ?カナル型じゃない=インイヤー?増加する“現代オーディオ用語”を知る
例えば、イヤホン好き仲間と「ASMR向きのイヤホン」という話題になったとする。その際に片方は「ダミーヘッドASMRの耳元ささやきの生々しさ」しか考えておらず、もう片方は「フィールドレコーディングASMRの森林や渓谷の環境音の自然さ」しか考えていなかったとしたら?
それぞれが求める音のずれは大きく、意見が大きく食い違うかもしれない。前者の「カナル型のアレ一択でしょ」に対して、後者が「そもそもイヤホンより開放型ヘッドホンの方がよくない?」とか話の違うことを言い始める可能性さえある。↓以下は環境音の参考動画。
しかしそこで双方が「ASMR」の幅広さを理解していれば、早い段階で「これってもしかして……わたしたち……(思い浮かべているASMRの内容が)食い違ってる!?」と気付けるわけだ。
そんなわけで、「ASMR」について語るならば、その言葉の本来の意味、そしてそこから広がる多種多様な内容についても、おおよそは把握しておきたいところ。
まずはやはり、本来の意味から確認していくべきだろう。ASMRは「Autonomous Sensory Meridian Response」の略記。直訳すると「自律感覚絶頂反応」だ。砕けた言い方にすると「(視覚や聴覚への刺激によって引き起こされる)なんだかわからないけどきもちいい!」みたいな現象や状態のこと。それを聴覚から引き起こすものこそ「ASMR音源」というわけだ。
そしてその「なんだかわからないけどきもちいい!」を引き起こせるのであれば、音源の内容は問われない。実際ASMR流行の初期においては、「咀嚼音」や「スライム音」といったなかなかマニアックな音も注目を浴びていた。きもちよければなんでもあり!その気持ちよさの方向性だって「ぞわぞわ」でも「どきどき」でも「リラックス」でも何でもあり!それがASMRというジャンルなのだ。
「なんでもあり!」な幅広さの例を挙げていこう。メジャーなものとしては、先ほども挙げた、「森」「小川」「雨」「雪」といった自然環境音がある。自然現象ではないが「焚き火」なども同系統と言える。
一方、それらと近しいような真逆のような、「都会の喧騒」といった環境音も実はまあまあメジャー。「雷雨の東京」のようにかなり騒がしいものもあったりして、「何が気持ちいいかは人それぞれ」という多様性を感じられる。
自然環境音と真逆という意味では「生活音」「作業音」もそれに当たるだろう。例えばキーボードをリズミカルに叩くタイピング音。なるほどよい音だ。
だが、それがASMR的な心地よさにつながる理由は、その音そのものの魅力だけではないのかもしれない。それが間接的に伝えてくる、そこに人がいる気配。「朝に目が覚めたら台所の方からお母さんが朝ごはんを作ってくれている音が……」のような。ここでの心地よさは、そういう気配に由来するのかもしれない。
マニアック系としては「ギター製作ASMR」なんてのもあったりする。手道具や電動工具で木を削ったり、金属のフレットを金槌で叩いて打ち込んだり、スプレーで塗装したり。工程ごと多彩な作業音をノーナレーション、ノーBGMで届けてくれるコンテンツだ。これはもしかしたら、工作の類いに興味のない人にとっては単なる騒音に聞こえるかもしれない。
また、耳元ささやきではない形で、人の声の心地よさを生かしたASMR音源もある。一例としては「睡眠導入ゲーム実況配信」だ。ゲーム実況には騒がしい印象があるかもしれない。だが落ち着いた声の配信者が、落ち着いたトーンで落ち着いた雰囲気のゲームをしつつ、雑談もまじえていくようなスタイルの配信もある。それはたしかに眠りに落ちられるほどに心地よく、ASMR的なものだったりするのだ。前述の「気配」も感じられるし、何やら深夜ラジオのような雰囲気も感じられる。
例えば猫又おかゆさんがタイトルに「睡眠導入」を入れている配信は、ご本人はASMRと謳ってはいないものの、まさにそれ。おかゆさんは低めの落ち着いた声が特徴的。話速もゆったりめで、感情の起伏を声の大小に強く乗せるタイプでもなく、しゃべり声の抑揚としても落ち着いている。そんなおかゆさんが、睡眠導入を意図して普段よりさらに落ち着いたテンションでおしゃべりしてくれているのだから、それはもう心地よい。
このように、「ASMR」に含まれる内容は多様。であるのでASMRコンテンツに収録される音声の内容も極めて多様だ。
ここで話は戻るが、ならばその収録に使われるマイクの種類が「ダミーヘッドマイク」だけに限られるわけもない、ということ。
ダミーヘッドマイクは、耳周りを含む人間の頭部を模した形状によって、人間の耳の聴こえ方、音質や距離感や空間認識を再現して音声を収録するマイク。「耳元ささやき」の収録では、その音質や距離感の生々しさが特に発揮される。「環境音」系の収録でも、その空間での音の配置や移動がASMR音源としての気持ちよさに強く関わってくる場合には、ダミーヘッドマイクが選択されることだろう。
逆に言えば、それらの要素が特には必要ないのであれば、ASMRコンテンツであってもダミーヘッドマイクで収録する必要はない。それに、ダミーヘッドマイクでバイノーラル収録した音源は、イヤホンやヘッドホンで聴かないことにはその効果が発揮されない。それどころかスピーカーで再生された際には逆に不自然な音に聞こえてしまう。スピーカーで聴かれる場合も想定するなら、ダミーヘッドマイクはむしろ使いにくいのだ。
そのため、「森」「せせらぎ」などの美しい自然環境を映像でも表現する映像+音声の動画ASMRコンテンツの場合は、ダミーヘッド収録ではないことが普通だ。そういったコンテンツではテレビの大画面で視聴される際の映像美もポイントになる。
そしてテレビでの視聴時には、イヤホンよりもスピーカーで再生される場合が多い。それならばバイノーラルではない普通のステレオ音声で収録しておいた方が無難。ならば用いるべきは普通の高音質マイクとなるわけだ。
またもちろん、ゲーム実況や雑談の配信も、普通は普通のマイクで収録されている(あえてダミーヘッドマイクで雑談する配信も例外的にはあるが)。
こうしたことからも、「ASMR音源とはダミーヘッドマイク収録音源のことである」という認識だけでは、現状に照らし合わせてもさすがに不足と考えられる。それを踏まえて、会話中に「ASMR」という言葉が登場してきた際には、その「ASMR」を相手がどういった意味合いで使っているのかを考えてみてほしい。