インピーダンス違いヘッドホン開発の裏話も
今年のFIIOはヘッドホンが熱い!「FT3/FT3 32ohm/FT5」レビュー&開発スタッフ直撃インタビュー
FIIOといえば、多くの人がポータブルヘッドホンアンプやイヤホンというイメージを持っていることだろう。あるいは最近話題のオーディオストリーマー「R7」や「R9」を思い浮かべるかもしれない。しかし今年のFIIOはヘッドホンが熱いのだ。
昨年FIIOは初のヘッドホン製品「FT3」や「FT3 32ohm」あるいは「FT5」を矢継ぎ早にリリースした。しかし今年はさらにヘッドホン製品に注力するという話を聞き、その話を確かめるべく中国FIIO開発陣に直接インタビューを行った。
記事の前半では、上記3モデルをレビュー、後半ではその印象も踏まえたインタビューとしてお届けしよう。
ヘッドホンの試聴は、Macbook Airをソース機器としてFIIO「K9 AKM」を接続して行なった。「K9 AKM」はUSB-DAC内蔵ヘッドホンアンプで、DAC ICにはAKM製のフラグシップシステム「AK4191EQ+AK4499EX」を搭載しているハイエンド機だ。アンプ回路にも「THX-AAA 788+」ヘッドホンアンプICを搭載することでハイパワーを実現している。ヘッドホンは全て4.4mmバランス接続をしている。
■「FT3」-楽器の歯切れがよく明瞭度も高い
まずFIIO初のヘッドホン「FT3」から聴いた。「FT3」はDLC振動板とベリリウムコーティングエッジを組み込んだ60mm径の大型ダイナミックドライバーを搭載した開放型のヘッドホンだが、特徴は350Ωという高いインピーダンスだ。この選定理由については後のインタビューで触れている。
K9 AKMで聴くと、ゲイン選択はミドル位置でもボリュームダイヤルの真ん中ほどで音量は十分取れる。軽量で装着感はとても良い。
音質はニュートラル基調で帯域バランスが良い。特に楽器の音の歯切れがよく、明瞭感が高いのが特徴だ。ここは高インピーダンスの効果が出ているように思われる。解像感も高く、女性ヴォーカルの声も肉質感があり艶やかな感じがよく感じ取れる。古楽器で聴くと倍音が乗って音楽が豊かに感じられる。
解像感は高いが、FIIOのアンプの音が滑らかなので、たとえばメタルなどを聴いてもきつく刺さりすぎない。聴きやすく音が良いシステムという感じだ。
きちんとパワーを与えると明るく軽々と鳴るので、それほど鳴らしにくいというわけではない。価格が「FT3」と同程度のFIIO 「K7」とも組み合わせて聴いてみたが、ハイゲイン設定にすることで、極めて高い音質で楽しむことができる。音は「K9 AKM」と比べるとさすがに軽くなるが、女性ヴォーカルの艶やかな魅力が感じられ、整った音の良さがよく分かる。
「FT3」と「K7」であればトータルでも10万円以下なので、なかなか良い組み合わせだと言えるだろう。
■「FT3 32ohm」-鳴らしやすくより柔らかめのサウンド
次に「FT3」の32Ωバージョンを試した。350Ωバージョンとは見た目がほぼ同一だが、中身は全く異なるようだ。ドライバーの口径は60mmと同じだが、ドライバー自体は異なりケーブルも違うという。
同じシステムで聴いてみると、たしかに音傾向は似ていてニュートラル基調の音で帯域バランスが良い。違いはまず350Ωバージョンよりも鳴らしやすく、より低いゲイン、ボリューム位置で十分に音量が取れる。
また音は350Ωバージョンでの切り立ったようなシャープさではなく、なだらかで柔らか目のサウンドが感じられる。例えばロックを聴く時は32Ωバージョンの方がより迫力が感じられる。これは低域が誇張されているのではなく、インピーダンスの違いからくる個性の差だろう。女性ヴォーカルも32Ωバージョンの方が声が甘めに感じられるのでより優しく歌っているように感じられる。
ジャズや良録音の古楽を解像感が高く楽しみたい人は350Ωバージョン、よりカジュアルにロックやポップを楽しみたい人は32Ωバージョンが良いと思う。また、非力なゲーム機などで使う際にはやはり32Ωパージョンが良い。
■「FT5」-解像力も高く音のコントロールは見事
最後に「FT5」を試聴した。「FT5」はFIIOでは初となる平面磁界型ドライバーを搭載する開放型ヘッドホンだ。90mm径の大型振動板を搭載し、銀とアルミ混合素材によるプリントコイルを用いた6μmの振動板と強力な磁気回路を備えている。
平面型にしてはわりと軽量で、装着しやすいと感じた。また平面型というと鳴らしにくいイメージがあるが「FT5」はそれほど鳴らしにくくはない。
サウンドの個性は「FT3」と似ているが、音のコントロールが大変優れている。平面型は低音でもインピーダンス変化が少ないので音のコントロールが良いのが一つの特徴だが、「FT5」はそれを堪能できると思う。解像力も高いが、音があまりきつく刺さりすぎないのも良い。
また「FT3」シリーズと比べてより音が広く開放的な感じがする。対すると「FT3」はやや半開放型のような音と言えるかもしれない。
FIIOへのインタビューはTV会議形式で行い、エミライ中国支社のスタッフを介して実施した。FIIO側の参加者は以下の3氏である(敬称略)。
・張 清華(Allen Zhang):イヤホン事業部総監兼製品マネージャー
音響製品の研究開発に30年近く従事。現OPPOのプロジェクトマネージャーを経てFIIOブランド共同創始者の一人。
・胡 玉コ(Joseph Hu):イヤホン事業部開発マネージャー
オーディオ業界に10年以上従事。FIIOイヤホン事業部のすべてのイヤホン製品の研究開発設計を担当。
・王 锐萍(Sunny Wang):営業マネージャー
ーーFIIOはいままではイヤホンとポータブル機器で日本では有名でしたが、今後はヘッドホン開発にも注力すると聞きました。この背景にある戦略を教えてください。
FIIO FIIOは2024年の戦略として、ヘッドホンへの研究開発投資を増やす予定です。現在は世界の老舗イヤホンブランドの業務が縮小し、有線イヤホンのシェアは下がりワイヤレスイヤホンが取って代わりつつあります。その一方で有線のヘッドホン製品は5年、10年と製品サイクルが長く、イヤホンに比べて新しい技術と新しい材料を新製品開発に投入するのに有利です。こうした状況はヘッドホン製品にとってチャンスだと考えています。
FIIOはこれまでインイヤー製品を主に開発してきました。これによる製品技術の蓄積が多く、複数の特許があります。例えば、FIIOは独自のドライバーを開発および設計しており、ベリリウムのみならず、マグネシウム‐リチウム合金の振動板も研究開発しています。こうした我々の技術を今後世の中に出していきたいと考えています。
ーーヘッドホン製品は100%自社開発をしているのですか?
FIIO ドライバーや基板類も含めて100%自社で開発しています。私たちFIIOは2008年に製品開発を始めました。日本の皆さんにはあまり印象がないかもしれませんが、実際のところ、FIIOはホームオーディオ製品を作るメーカーとして出発したのです。また張は、FIIO創業前はスピーカーシステムのデザイナーとして活躍していました。
創業当時は、FIIOは他ブランドのスピーカーのOEM事業や、デスクトップスピーカーの開発と販売をしていました。その頃すでにスピーカーのトライバーを自社で開発していましたので、FIIOは(電子回路だけではなく)ヘッドホンなど出力先の研究開発力を持っていた会社といってよいでしょう。
イヤホンの製造技術は歴史があり、昔から発展してきていますが、その設計原理はほとんど変わっていません。またイヤホン製品の技術の多くはラウドスピーカーから進化してきたものですから、私たちはそれまでの経験を生かして自分自身で開発する能力を培ってきました。
イヤホン製品はドライバー、線材、プラグなど様々なパーツから構成されますが、その中でも音質に最も影響を与えるのはドライバーの振動板素材です。FIIOは振動板の音響材料について長年研究しており、製品に応用してきました。我々は独自の技術により中国において機能、ドライバー、音響材料、音響構造など多くの特許技術を申請・取得しています。
イヤホンやポータブル製品は市場の変化によりのちに開発することになりましたが、日本ではポータブル製品のメーカーとしてFIIOが有名になりましたので、こうした経緯はあまり知られていないかもしれません。
ーーFT3を開発した時にはなぜ350Ωという高いインピーダンスを採用したのですか?
FIIO すでに成熟しているヘッドホン市場にFIIOとして初めて本格的に参入することになるので、競合他社との差別化を図るためです。
FT3に関していえば、開発段階で、高インピーダンス版と低インピーダンス版を同時に開発していました。FIIOが製品を企画するときには、まず調査、分析、比較を行い、製品開発時にはさまざまなサンプルを作成し、最終的に製品に適した製品を選択して、製品リリースの初期段階で市場を掌握できるように努めています。また、複数の市場でさまざまなニーズがありますので、顧客からのフィードバックに基づいて、将来さまざまなバージョンを迅速に立ち上げることができるメリットもあります。
たとえば、FT3を開発するときにはインピーダンスのバリエーションとして、32Ω、64Ω、120Ω、240Ω、350Ωのサンプルを開発しました。それらの試作機で社外テストを行なった結果を分析すると、350Ωの試作機が最も良かったのです。
主観的な音質評価を分析すると、高インピーダンスの音はより繊細な表現が可能になり、聴感上の高域の分解能はより良くなり、音場は広くなる傾向あることが分かりました。
技術的にも、高インピーダンスの音は低インピーダンスの音とは全く異なる音質を得られることを説明できます。インピーダンスの違いは主にボイスコイルの違いに由来しています。ボイスコイルとは非常に細く長い銅線を巻いたものです。ドライバーは設計時にボイスコイルの高さが決められてしまうので、高インピーダンスを実現するには、銅線を非常に細く長くすることが必要となります。こうした長い銅線はより強い駆動力と磁力エネルギーを得ることができて、強い入力信号に対してより速い応答速度と振幅を得る利点を得られます。
一方で、こうした高インピーダンスのヘッドホンは鳴らしにくいという課題の他に、生産効率が悪くコスト高になってしまうという課題もあります。FT3では0.035mmの銅線を採用していますが、これは髪の毛よりも細いのです。こうした製品を製造できるメーカーは世界的にも数社のみです。
FIIOは350Ωバージョンを発売したのちに32Ωのバージョンを出しましたが、これは後から開発したのではなく、先の試作段階で既に開発していたものです。32Ωのバージョンも市場に出した理由としては、欧州市場の代理店から低インピーダンス版を出すよう強い要求があったからです。欧州市場の代理店によれば、欧州では映画鑑賞やゲームに向いているもっと低インピーダンスの製品を必要とされているとのことでしたので、それを他の市場にも拡大していったかたちになります。
ーーFT5では平面磁界型ドライバーを採用しましたが、その狙いはどのようなものですか?
FIIO FIIOはヘッドホン設計に対して固定的な考え方を持っているわけではありません。ビジネス的な観点からは、ダイナミック型ドライバーを採用する「FT3」は競合メーカーが非常に多く、一方の平面磁界駆動ドライバーを採用するメーカーはあまりないので、競合が少ないということが挙げられます。
平面磁界型ドライバーはダイナミック型ドライバーとはまったく異なる原理で動作しますから、その音質的な利点は簡単には説明しにくいのですが、ひとつには、より広く高い周波数の音を再現することができる点があります。例えば平面磁界型ドライバーの場合は、最大40kHzまでフラットなレスポンスを得ることができます。また、ダイヤフラムを大きく薄く作ることができるほど振幅が大きくできるので、低域はより深みを増した表現が可能です。
また、FIIOでは他社との差別化を図るために、品質問題の改良を図っています。平面磁界型ドライバーの一部には耐久性が低い問題があり、長時間駆動させた後に疲労破壊が起こることがあります。我々はFT5設計時にこうした長期間にわたる品質を担保することも考慮して開発しました。
FT5はボイスコイル金属メッキ層の上で、アルミニウムや銀合金混合材料を採用して、ボイスコイル金属メッキ層の疲労破壊問題を解決しました。私たちの研究室の中ではFT5の連続エージング実験をしていますが、すでに180日間連続エージングをしていて異常はありません。
今後はさらに最適化して、音質や品質をさらに向上させた「FT7」という新しい機種にも取り組んでいます。
ーーそのFT7とはどのような機種なのでしょうか?
FIIO 平面磁界型ヘッドホンの最上位モデルとなります。我々は平面磁界型ヘッドホンにも3年ほど取り組んでいて、FT7で使用できる技術として、音響構造、ダイヤフラム、磁気誘導構造から駆動システムまで、多くの特許を出願しています。
FT7では内部設計を全て新しくして、FT5よりもサイズが大きくなり低域が多くなります。また振動板を薄くして、より高い導電率を実現したコイルを採用します。結果的には、市場に出回っているすべての平面磁界型ヘッドホンとは異なった、革新的な導電性材料と構造を採用する予定です。FT7は中国市場では今年末に発売予定です。中国以外の国では、日本円換算で20万円くらいになるかもしれません。
ーー今後の製品開発についてさらに教えてください
FIIO 今年はヘッドホン製品をさらに市場に投入していきます。具体的には「FT1」という密閉型の有線ヘッドホンも開発しています。これは中国市場では今年夏頃発売予定で、エントリー価格帯の製品になります。
またANC付きワイヤレスの密閉型のモデル「EH13」と「EH15」も開発中です(注:イヤホンかヘッドホンかは不明)。これもエントリー価格帯になるでしょう。それに加えて他の新製品も開発しています。
長期的にはヘッドセット、ヘッドホン、有線、ワイヤレス、音楽、ゲーム、スポーツ、マイクとスピーカーのリンクした製品など、あらゆるシーンに対して製品を展開するつもりです。
ーー最後に日本のFIIOユーザーにコメントをお願いします。
FIIO 私たちは日本市場を非常に重視しており、日本市場に対して私たちはユーザーのニーズを深く掘り下げ、代理店とのコミュニケーションと協力関係を強化し、ブランド技術の輸出と普及を確実に行いたいと考えています。将来的にはより日本市場の動向を踏まえたTWSと有線イヤホンなど、日本のユーザーの嗜好を考慮した製品の開発も行いたいと考えています。
試聴では3機種ともニュートラルで誇張感の少ない高い音質が楽しめた。特に「FT3」350Ωバージョンは、優等生的なサウンドながら尖った個性を主張している点がユニークだと感じた。FT3がそうした尖った個性を持っているので、初のヘッドホン製品としてFT3 350Ωバージョンを発売したことはインタビューからも良く分かる。
インタビューではFIIOについての新たな知見が得られた。FIIOというとポータブル製品のメーカーとして考えていたが、実のところ元々ホームオーディオ製品をアンプやスピーカーなども含めたトータルなシステムとして開発していた会社であったということだ。それが昨今のイヤホンブームで開発製品がポータブル志向となり、それから日本に知られるようになったわけだ。つまりスピーカーやヘッドホンのような音の出口を作るということは、新しいものに挑戦するというよりも、彼らが元々持っていた力を存分に発揮したいということになるだろう。
これはFIIOがネットワークプレーヤーである一体型機器「R7」を開発し、さらにパワードスピーカー「SP3」を開発してシステムとして組み上げようとしていることとも符合する。ヘッドホンのみならず、こうしたデスクトップシステムも踏まえたFIIOの戦略展開を考える上でも興味深い発見だった。
また思いがけずにFT7という新製品の情報も得ることができた。ハイエンドの平面磁界型ヘッドホンということで期待が高まる。それだけではなくさまざまな新製品の話も興味深い。
まさに今年はFIIOのヘッドホン製品に注目していきたいと思えたが、それだけではなくFIIO製品全体を見つめ直すことのできた実り多い機会であった。
昨年FIIOは初のヘッドホン製品「FT3」や「FT3 32ohm」あるいは「FT5」を矢継ぎ早にリリースした。しかし今年はさらにヘッドホン製品に注力するという話を聞き、その話を確かめるべく中国FIIO開発陣に直接インタビューを行った。
記事の前半では、上記3モデルをレビュー、後半ではその印象も踏まえたインタビューとしてお届けしよう。
FIIOの最新ヘッドホン3機種を聴き比べ
ヘッドホンの試聴は、Macbook Airをソース機器としてFIIO「K9 AKM」を接続して行なった。「K9 AKM」はUSB-DAC内蔵ヘッドホンアンプで、DAC ICにはAKM製のフラグシップシステム「AK4191EQ+AK4499EX」を搭載しているハイエンド機だ。アンプ回路にも「THX-AAA 788+」ヘッドホンアンプICを搭載することでハイパワーを実現している。ヘッドホンは全て4.4mmバランス接続をしている。
■「FT3」-楽器の歯切れがよく明瞭度も高い
まずFIIO初のヘッドホン「FT3」から聴いた。「FT3」はDLC振動板とベリリウムコーティングエッジを組み込んだ60mm径の大型ダイナミックドライバーを搭載した開放型のヘッドホンだが、特徴は350Ωという高いインピーダンスだ。この選定理由については後のインタビューで触れている。
K9 AKMで聴くと、ゲイン選択はミドル位置でもボリュームダイヤルの真ん中ほどで音量は十分取れる。軽量で装着感はとても良い。
音質はニュートラル基調で帯域バランスが良い。特に楽器の音の歯切れがよく、明瞭感が高いのが特徴だ。ここは高インピーダンスの効果が出ているように思われる。解像感も高く、女性ヴォーカルの声も肉質感があり艶やかな感じがよく感じ取れる。古楽器で聴くと倍音が乗って音楽が豊かに感じられる。
解像感は高いが、FIIOのアンプの音が滑らかなので、たとえばメタルなどを聴いてもきつく刺さりすぎない。聴きやすく音が良いシステムという感じだ。
きちんとパワーを与えると明るく軽々と鳴るので、それほど鳴らしにくいというわけではない。価格が「FT3」と同程度のFIIO 「K7」とも組み合わせて聴いてみたが、ハイゲイン設定にすることで、極めて高い音質で楽しむことができる。音は「K9 AKM」と比べるとさすがに軽くなるが、女性ヴォーカルの艶やかな魅力が感じられ、整った音の良さがよく分かる。
「FT3」と「K7」であればトータルでも10万円以下なので、なかなか良い組み合わせだと言えるだろう。
■「FT3 32ohm」-鳴らしやすくより柔らかめのサウンド
次に「FT3」の32Ωバージョンを試した。350Ωバージョンとは見た目がほぼ同一だが、中身は全く異なるようだ。ドライバーの口径は60mmと同じだが、ドライバー自体は異なりケーブルも違うという。
同じシステムで聴いてみると、たしかに音傾向は似ていてニュートラル基調の音で帯域バランスが良い。違いはまず350Ωバージョンよりも鳴らしやすく、より低いゲイン、ボリューム位置で十分に音量が取れる。
また音は350Ωバージョンでの切り立ったようなシャープさではなく、なだらかで柔らか目のサウンドが感じられる。例えばロックを聴く時は32Ωバージョンの方がより迫力が感じられる。これは低域が誇張されているのではなく、インピーダンスの違いからくる個性の差だろう。女性ヴォーカルも32Ωバージョンの方が声が甘めに感じられるのでより優しく歌っているように感じられる。
ジャズや良録音の古楽を解像感が高く楽しみたい人は350Ωバージョン、よりカジュアルにロックやポップを楽しみたい人は32Ωバージョンが良いと思う。また、非力なゲーム機などで使う際にはやはり32Ωパージョンが良い。
■「FT5」-解像力も高く音のコントロールは見事
最後に「FT5」を試聴した。「FT5」はFIIOでは初となる平面磁界型ドライバーを搭載する開放型ヘッドホンだ。90mm径の大型振動板を搭載し、銀とアルミ混合素材によるプリントコイルを用いた6μmの振動板と強力な磁気回路を備えている。
平面型にしてはわりと軽量で、装着しやすいと感じた。また平面型というと鳴らしにくいイメージがあるが「FT5」はそれほど鳴らしにくくはない。
サウンドの個性は「FT3」と似ているが、音のコントロールが大変優れている。平面型は低音でもインピーダンス変化が少ないので音のコントロールが良いのが一つの特徴だが、「FT5」はそれを堪能できると思う。解像力も高いが、音があまりきつく刺さりすぎないのも良い。
また「FT3」シリーズと比べてより音が広く開放的な感じがする。対すると「FT3」はやや半開放型のような音と言えるかもしれない。
開発陣にオンラインインタビューを実施
FIIOへのインタビューはTV会議形式で行い、エミライ中国支社のスタッフを介して実施した。FIIO側の参加者は以下の3氏である(敬称略)。
・張 清華(Allen Zhang):イヤホン事業部総監兼製品マネージャー
音響製品の研究開発に30年近く従事。現OPPOのプロジェクトマネージャーを経てFIIOブランド共同創始者の一人。
・胡 玉コ(Joseph Hu):イヤホン事業部開発マネージャー
オーディオ業界に10年以上従事。FIIOイヤホン事業部のすべてのイヤホン製品の研究開発設計を担当。
・王 锐萍(Sunny Wang):営業マネージャー
ーーFIIOはいままではイヤホンとポータブル機器で日本では有名でしたが、今後はヘッドホン開発にも注力すると聞きました。この背景にある戦略を教えてください。
FIIO FIIOは2024年の戦略として、ヘッドホンへの研究開発投資を増やす予定です。現在は世界の老舗イヤホンブランドの業務が縮小し、有線イヤホンのシェアは下がりワイヤレスイヤホンが取って代わりつつあります。その一方で有線のヘッドホン製品は5年、10年と製品サイクルが長く、イヤホンに比べて新しい技術と新しい材料を新製品開発に投入するのに有利です。こうした状況はヘッドホン製品にとってチャンスだと考えています。
FIIOはこれまでインイヤー製品を主に開発してきました。これによる製品技術の蓄積が多く、複数の特許があります。例えば、FIIOは独自のドライバーを開発および設計しており、ベリリウムのみならず、マグネシウム‐リチウム合金の振動板も研究開発しています。こうした我々の技術を今後世の中に出していきたいと考えています。
ーーヘッドホン製品は100%自社開発をしているのですか?
FIIO ドライバーや基板類も含めて100%自社で開発しています。私たちFIIOは2008年に製品開発を始めました。日本の皆さんにはあまり印象がないかもしれませんが、実際のところ、FIIOはホームオーディオ製品を作るメーカーとして出発したのです。また張は、FIIO創業前はスピーカーシステムのデザイナーとして活躍していました。
創業当時は、FIIOは他ブランドのスピーカーのOEM事業や、デスクトップスピーカーの開発と販売をしていました。その頃すでにスピーカーのトライバーを自社で開発していましたので、FIIOは(電子回路だけではなく)ヘッドホンなど出力先の研究開発力を持っていた会社といってよいでしょう。
イヤホンの製造技術は歴史があり、昔から発展してきていますが、その設計原理はほとんど変わっていません。またイヤホン製品の技術の多くはラウドスピーカーから進化してきたものですから、私たちはそれまでの経験を生かして自分自身で開発する能力を培ってきました。
イヤホン製品はドライバー、線材、プラグなど様々なパーツから構成されますが、その中でも音質に最も影響を与えるのはドライバーの振動板素材です。FIIOは振動板の音響材料について長年研究しており、製品に応用してきました。我々は独自の技術により中国において機能、ドライバー、音響材料、音響構造など多くの特許技術を申請・取得しています。
イヤホンやポータブル製品は市場の変化によりのちに開発することになりましたが、日本ではポータブル製品のメーカーとしてFIIOが有名になりましたので、こうした経緯はあまり知られていないかもしれません。
製品開発も市場に合わせて迅速に対応する
ーーFT3を開発した時にはなぜ350Ωという高いインピーダンスを採用したのですか?
FIIO すでに成熟しているヘッドホン市場にFIIOとして初めて本格的に参入することになるので、競合他社との差別化を図るためです。
FT3に関していえば、開発段階で、高インピーダンス版と低インピーダンス版を同時に開発していました。FIIOが製品を企画するときには、まず調査、分析、比較を行い、製品開発時にはさまざまなサンプルを作成し、最終的に製品に適した製品を選択して、製品リリースの初期段階で市場を掌握できるように努めています。また、複数の市場でさまざまなニーズがありますので、顧客からのフィードバックに基づいて、将来さまざまなバージョンを迅速に立ち上げることができるメリットもあります。
たとえば、FT3を開発するときにはインピーダンスのバリエーションとして、32Ω、64Ω、120Ω、240Ω、350Ωのサンプルを開発しました。それらの試作機で社外テストを行なった結果を分析すると、350Ωの試作機が最も良かったのです。
主観的な音質評価を分析すると、高インピーダンスの音はより繊細な表現が可能になり、聴感上の高域の分解能はより良くなり、音場は広くなる傾向あることが分かりました。
技術的にも、高インピーダンスの音は低インピーダンスの音とは全く異なる音質を得られることを説明できます。インピーダンスの違いは主にボイスコイルの違いに由来しています。ボイスコイルとは非常に細く長い銅線を巻いたものです。ドライバーは設計時にボイスコイルの高さが決められてしまうので、高インピーダンスを実現するには、銅線を非常に細く長くすることが必要となります。こうした長い銅線はより強い駆動力と磁力エネルギーを得ることができて、強い入力信号に対してより速い応答速度と振幅を得る利点を得られます。
一方で、こうした高インピーダンスのヘッドホンは鳴らしにくいという課題の他に、生産効率が悪くコスト高になってしまうという課題もあります。FT3では0.035mmの銅線を採用していますが、これは髪の毛よりも細いのです。こうした製品を製造できるメーカーは世界的にも数社のみです。
FIIOは350Ωバージョンを発売したのちに32Ωのバージョンを出しましたが、これは後から開発したのではなく、先の試作段階で既に開発していたものです。32Ωのバージョンも市場に出した理由としては、欧州市場の代理店から低インピーダンス版を出すよう強い要求があったからです。欧州市場の代理店によれば、欧州では映画鑑賞やゲームに向いているもっと低インピーダンスの製品を必要とされているとのことでしたので、それを他の市場にも拡大していったかたちになります。
平面磁界型ドライバー開発の狙い
ーーFT5では平面磁界型ドライバーを採用しましたが、その狙いはどのようなものですか?
FIIO FIIOはヘッドホン設計に対して固定的な考え方を持っているわけではありません。ビジネス的な観点からは、ダイナミック型ドライバーを採用する「FT3」は競合メーカーが非常に多く、一方の平面磁界駆動ドライバーを採用するメーカーはあまりないので、競合が少ないということが挙げられます。
平面磁界型ドライバーはダイナミック型ドライバーとはまったく異なる原理で動作しますから、その音質的な利点は簡単には説明しにくいのですが、ひとつには、より広く高い周波数の音を再現することができる点があります。例えば平面磁界型ドライバーの場合は、最大40kHzまでフラットなレスポンスを得ることができます。また、ダイヤフラムを大きく薄く作ることができるほど振幅が大きくできるので、低域はより深みを増した表現が可能です。
また、FIIOでは他社との差別化を図るために、品質問題の改良を図っています。平面磁界型ドライバーの一部には耐久性が低い問題があり、長時間駆動させた後に疲労破壊が起こることがあります。我々はFT5設計時にこうした長期間にわたる品質を担保することも考慮して開発しました。
FT5はボイスコイル金属メッキ層の上で、アルミニウムや銀合金混合材料を採用して、ボイスコイル金属メッキ層の疲労破壊問題を解決しました。私たちの研究室の中ではFT5の連続エージング実験をしていますが、すでに180日間連続エージングをしていて異常はありません。
今後はさらに最適化して、音質や品質をさらに向上させた「FT7」という新しい機種にも取り組んでいます。
ーーそのFT7とはどのような機種なのでしょうか?
FIIO 平面磁界型ヘッドホンの最上位モデルとなります。我々は平面磁界型ヘッドホンにも3年ほど取り組んでいて、FT7で使用できる技術として、音響構造、ダイヤフラム、磁気誘導構造から駆動システムまで、多くの特許を出願しています。
FT7では内部設計を全て新しくして、FT5よりもサイズが大きくなり低域が多くなります。また振動板を薄くして、より高い導電率を実現したコイルを採用します。結果的には、市場に出回っているすべての平面磁界型ヘッドホンとは異なった、革新的な導電性材料と構造を採用する予定です。FT7は中国市場では今年末に発売予定です。中国以外の国では、日本円換算で20万円くらいになるかもしれません。
音楽やゲーム、スポーツなどさまざまな製品を投入予定
ーー今後の製品開発についてさらに教えてください
FIIO 今年はヘッドホン製品をさらに市場に投入していきます。具体的には「FT1」という密閉型の有線ヘッドホンも開発しています。これは中国市場では今年夏頃発売予定で、エントリー価格帯の製品になります。
またANC付きワイヤレスの密閉型のモデル「EH13」と「EH15」も開発中です(注:イヤホンかヘッドホンかは不明)。これもエントリー価格帯になるでしょう。それに加えて他の新製品も開発しています。
長期的にはヘッドセット、ヘッドホン、有線、ワイヤレス、音楽、ゲーム、スポーツ、マイクとスピーカーのリンクした製品など、あらゆるシーンに対して製品を展開するつもりです。
ーー最後に日本のFIIOユーザーにコメントをお願いします。
FIIO 私たちは日本市場を非常に重視しており、日本市場に対して私たちはユーザーのニーズを深く掘り下げ、代理店とのコミュニケーションと協力関係を強化し、ブランド技術の輸出と普及を確実に行いたいと考えています。将来的にはより日本市場の動向を踏まえたTWSと有線イヤホンなど、日本のユーザーの嗜好を考慮した製品の開発も行いたいと考えています。
ブランドの総合力を活かした製品を多数展開
試聴では3機種ともニュートラルで誇張感の少ない高い音質が楽しめた。特に「FT3」350Ωバージョンは、優等生的なサウンドながら尖った個性を主張している点がユニークだと感じた。FT3がそうした尖った個性を持っているので、初のヘッドホン製品としてFT3 350Ωバージョンを発売したことはインタビューからも良く分かる。
インタビューではFIIOについての新たな知見が得られた。FIIOというとポータブル製品のメーカーとして考えていたが、実のところ元々ホームオーディオ製品をアンプやスピーカーなども含めたトータルなシステムとして開発していた会社であったということだ。それが昨今のイヤホンブームで開発製品がポータブル志向となり、それから日本に知られるようになったわけだ。つまりスピーカーやヘッドホンのような音の出口を作るということは、新しいものに挑戦するというよりも、彼らが元々持っていた力を存分に発揮したいということになるだろう。
これはFIIOがネットワークプレーヤーである一体型機器「R7」を開発し、さらにパワードスピーカー「SP3」を開発してシステムとして組み上げようとしていることとも符合する。ヘッドホンのみならず、こうしたデスクトップシステムも踏まえたFIIOの戦略展開を考える上でも興味深い発見だった。
また思いがけずにFT7という新製品の情報も得ることができた。ハイエンドの平面磁界型ヘッドホンということで期待が高まる。それだけではなくさまざまな新製品の話も興味深い。
まさに今年はFIIOのヘッドホン製品に注目していきたいと思えたが、それだけではなくFIIO製品全体を見つめ直すことのできた実り多い機会であった。